【論文紹介】医療・看護分野におけるネガティブ・ケイパビリティの活用可能性に関する文献研究
―不確実性の中で営まれる開業保健師の実践知への示唆—

タイトル:
「わからない」を大切にする力「ネガティブ・ケイパビリティ」の開業保健師への応用
はじめに:答えが出ない「モヤモヤ」に耐える力
私たちは普段、何か問題が起きると「早く解決しなきゃ」「正解を見つけなきゃ」と焦ってしまいがちです。こうした解決する力を「ポジティブ・ケイパビリティ」と呼びますが、一方で、医療や看護の現場には、病気や孤独など、すぐには解決できない課題がたくさんあります。
そんなとき、安易に答えを出さず、どうしようもない状況をそのまま受け止め、持ちこたえる力を「ネガティブ・ケイパビリティ(NC)」と言います。今回私たちは、このNCが医療や看護、特に地域できめ細かい保健ニーズに対応する「開業保健師」の実践にどう役立つのかを、過去の文献から考察しました。
調査から見えてきた「3つの可能性」
国内20件のNCに関する文献を分析したところ、NCには専門職を支える3つの大きな役割があることがわかりました。
「わからない」から始まる深い信頼…相手のことを「あぁ、このパターンね」と決めつけず、「この人の苦しみは、私にはまだわからない」という謙虚な姿勢で聴き続けることで、相手は「自分をわかろうとしてくれている」という安心感と信頼を抱くことができます。
支援者の「こころ」を守る安全網…「解決できない自分はダメだ」と自分を責めるのではなく、「今は答えが出ない時期なんだ」と現状を俯瞰することで、支援者自身のストレスや燃え尽きを防ぐことができる可能性があります。
感性や教育で育むことができる能力…NCは先天的な性格傾向ではなく、アート(芸術)に触れたり、答えのない倫理的な問題を話し合ったりするトレーニングを通じて、後から育てていける能力である可能性が示されました。
現場へのメッセージ:効率だけが正解じゃない
今の社会は「効率」や「成果」が重視され、すぐに結果が出ないことは価値がないと思われがちです。しかし、誰かのこころに寄り添うとき、最も必要なのは「正解を押し付けること」ではなく、相手の「答えの出ない苦しみ」の中に、共に留まり続けることかもしれません。
特に、組織のルールに縛られず、一人ひとりの健康ニーズに柔軟に対応し、支援する開業保健師。支援と経営という二重の不確実性を抱える彼らにとって、NCを活かすことは専門家としての中核的な武器になり得ると考えます。
これからの具体的なアクション:実践と学びへのヒント
不確実な時代を支える専門職を育てるために、私たちは文献より見えた以下のNC醸成法について提案します。
「答えのない対話」を増やす: 学校や現場で、正解を出すことよりも、お互いの葛藤やモヤモヤを共有する時間を大切にすること。
感性を動かす体験を取り入れる: 医療の知識だけでなく、映画や小説、美術などの「正解が一つではない世界」に触れ、想像力を養うこと。
開業保健師の「知恵」を可視化する: 制度の隙間でNCを発揮しながら、人々に伴走している開業保健師の実践を、さらに研究し、広めていくこと。
この研究が、現場で「これでいいのかな」と悩みながら活動している開業保健師、ひいては医療職・看護職の皆さん、そして未来の支援者である学生の皆さんの、心の支えになることを願っています。
(解説:氏原 将奈・淑徳大学)
▼ 論文の詳細はこちら
氏原 将奈, 井倉 一政 (2026). 医療・看護分野におけるネガティブ・ケイパビリティの活用可能性に関する文献研究 ―不確実性の中で営まれる開業保健師の実践知への示唆—. 開業保健師研究, 7(1), 19-23.





