【論文紹介】ネガティブ・ケイパビリティ
「答えのない悩み」に対してどう向き合う?行政保健師の研究から見えてきた『分からなさ』に留まる力(Negative Capability)に関する解説記事です。

はじめに:現場には「正解」がないことばかり
対人支援の現場や、日々の生活の中で、こんなふうに思ったことはありませんか?
「何度アドバイスしても状況が変わらない…」
「マニュアル通りにいかない事例ばかりで不安になる」
「早く解決しなきゃと焦ってしまう」
特に、虐待対応や精神保健、そして近年の新型コロナウイルス対応など、行政保健師(公衆衛生看護師)が向き合う課題は、白黒つけられない複雑なものばかりです。
今回私たちは、そんな過酷な現場で働く全国の保健師さんたちに調査を行い、「どうにもならない事態に、どうやって向き合っているのか?」という心のあり方を研究しました。
その鍵となるのが、「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念です。
「ネガティブ・ケイパビリティ」ってなに?
聞き慣れない言葉かもしれませんが、これは「答えの出ない事態や、どうしようもない状況に対して、性急に証明や理由を求めずに、不確実さの中に留まり続けることができる力」のことです。
私たちはつい、「すぐに解決すること(ポジティブ・ケイパビリティ)」を良いことだと思いがちです。でも、人の心や生活は、すぐに答えが出ません。 「分からない」という不安に耐えて、焦って答えを出さずに、じっとその場に踏みとどまること。それが、相手を真に理解し、支援を続けるためにはとても大切なのです。
研究で分かったこと:この力は「才能」じゃない!
「そんなの、性格がおおらかな人じゃないと無理でしょ?」と思うかもしれません。 しかし、今回の研究(380名の行政保健師への調査)で、とても勇気づけられる結果が出ました。この力は、生まれつきの性格だけではなく、「経験」や「視点」によって支えられていることが分かったのです。
具体的には、以下の3つの要素が重要でした。
レジリエンス(心の回復力) 困難があっても「なんとかなる」「失敗しても立ち直れる」と思えるレジリエンスが高い人は、曖昧な状況を楽しむ余裕を持っていました。自分の心をケアすることは、結果として支援の質にもつながるのです。
専門職としての「誇り」と「使命感」 「私は保健師として、この地域を守るんだ」という職業的なアイデンティティ(キャリア意識)が高い人ほど、答えのない状況にも前向きに取り組んでいました。「何のためにやっているか」という軸があると、霧の中でも迷いにくくなるようです。
「全体を見る」視点(組織・政策管理能力) ここが面白い発見でした!目の前の事例だけでなく、「地域全体でどうするか?」「組織としてどう動くか?」という広い視点(政策・管理の視点)を持っている人は、曖昧さに対する「不安」が低いことが分かりました。 目の前の混沌に飲み込まれず、「俯瞰(ふかん)」して見る力が、心の安定剤になっているのです。
学生のみなさん、現場のみなさんへ
この研究が伝えたかったのは、「すぐに答えを出せなくても、大丈夫」ということです。
モヤモヤする状況に耐えるのは苦しいことです。でも、その「分からなさ」に留まり続けられること自体が、実は高度な専門能力(ネガティブ・ケイパビリティ)なのです。
そしてこの力は、経験を積んだり、組織全体を見る視点を養ったりすることで、後天的に高めていける可能性があります。
「早く解決しなきゃ」と焦ったときは、一度立ち止まってみる。
自分の心のしなやかさを大切にする。
「目の前の人」だけでなく、「仕組み」や「全体」を眺めてみる。
そんなことを意識するだけで、日々の景色が少し変わるかもしれません。 「正解のない問い」を抱えながら走るすべての支援者を、この研究を通して応援できればと思っています。
(解説:氏原 将奈)
※この研究及び記事はJSPS科研費24K14206『保健師活動を支えるネガティブ・ケイパビリティの醸成を目指した支援プログラムの開発』を活用しています
Negative Capability-Related Dimensions Among Local Government Public Health Nurses in Japan and Their
Associated Factors (英語・オープンアクセス)





