【論文紹介】『モラル傷害』を防ぐための新プログラム
自殺予防の現場で傷つく支援者を守るための「『モラル傷害(Moral Injury)』を防ぐための新プログラム」についての解説記事です。

はじめに:支援者が抱える「見えない傷」
自殺予防や相談支援の最前線にいる方々(保健師、相談員、看護師など)は、日々、対象者の命と向き合っています。
そのような中で、以下のような苦しみを感じたことはありませんか?
「あの時の対応は正しかったのか?」と自分を責めてしまう
「救えなかった」という無力感に押しつぶされそうになる
制度やルールの壁で、してあげたい支援ができずに葛藤する
これは単なる「疲れ」や「燃え尽き(バーンアウト)」とは少し違います。自分の良心や正義感が傷つくことで生じるモラル傷害(Moral Injury)」と呼ばれる深い心の傷かもしれません。
今回私たちは、自殺対策に従事する支援者をこの「モラル・インジャリー」から守るための心理支援プログラムを開発し、その効果を検証しました。
「モラル傷害」とは?
もともとは戦場の兵士の心理研究から生まれた言葉ですが、近年、医療や福祉の現場でも注目されています。
自分の道徳的信念(「人を助けたい」「こうあるべき」)に反する行為をせざるを得なかったり、目撃したりした時に生じる、「魂の傷」とも言える苦痛のことです。
例えば、「本当はもっと時間をかけて話を聞きたかったのに、業務に追われて切り上げざるを得なかった」「救いたかった命が失われてしまった」といった経験がこれに当たります。
研究の内容:自分を守るためのプログラム
私たちは、支援者がこの傷に飲み込まれず、自分自身の倫理観を保ちながら活動を続けるためのプログラムを開発しました。
具体的には、以下のスキルを学ぶワークショップを行いました。
モラル傷害/モラル苦悩を知る:自分の苦しみに名前をつけ、メカニズムを理解する。
認知の修正:「自分が悪かった」と過剰に責めるのではなく、状況を客観的に捉え直す練習をする。
対処行動(コーピング):倫理的な葛藤を感じた時に、どう行動すれば自分の心を守れるかを学ぶ。
結果:自信と客観性を取り戻すきっかけに
プログラムを実施し、1ヶ月後に効果を測定した結果、参加した支援者には以下のような変化が見られました。
「モラル傷害」への理解が深まった
「自分だけじゃないんだ」「これは名前のある反応なんだ」と知ることで、安心感が生まれました。
倫理的な葛藤を抱える場面で自分を守る自信(自己効力感)がついた
倫理的な葛藤に直面しても、「こう考えれば大丈夫」「こう対処しよう」と思える自信(モラル・エフィカシー)が有意に向上しました。
客観的に考える力がついた
感情に飲み込まれすぎず、少し引いた視点で事例や自分自身を見つめる力が養われました。
現場で奮闘するみなさんへ
「助けられなかった」「もっとできたはずだ」という思いは、あなたが真剣に相手と向き合い、高い倫理観を持っているからこそ生まれるものです。それは支援者としての「誠実さ」の裏返しでもあります。
しかし、その傷を一人で抱え込みすぎないでください。
「モラル傷害」という概念を知り、自分の心の守り方を学ぶことは、長く支援を続けていくための防具になります。
この研究が、誰かの命を支えているあなた自身を、支える力になることを願っています。
※この研究及び記事はJSPS科研費24K14206『保健師活動を支えるネガティブ・ケイパビリティの醸成を目指した支援プログラムの開発』を活用しています
Ujihara, M., Wataya, K., Kawashima, Y., Sasahara, S., Takahashi, S., Matsuura, A., & Tachikawa, H. (2025). Development and validation of a psychological support program to prevent moral injury among suicide prevention workers. Journal of Suicidology, 20(1), 28–41.





